Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏について

近藤紘一コラム

あの日 あのとき サイゴンで

世界新記録の瞬間 昨日の昼にふとテレビをつけると、1977年9月3日に、放物線を描いてライトスタンドに飛び込んだボールの映像が流れていた。世界最多本塁打の記録を更新した、王貞治の通算第756号ホームランの瞬間である。 そのテレビ番組のテロップがずいぶ…

漂流者達のアルバトロス

ドリフターズ drifter 1 漂流者(者) 2 放浪者、浮浪者 ドリフターという英語は、日本語が「漂流者」と「放浪者」を明確に区別するのと異なり、二つの意味を含有している。また、その複数形を表す「ドリフターズ」は、その言葉の意味するところを超えて、ず…

必携の書2

大黒屋光太夫 必携の書とは、「その人にとっての」と冠をつけるのがより正確かもしれない。急に歴史上の話になるが、1792(寛政4)年、松平定信が老中を務める時代のこと、ロシアのラクスマンが日本の漂流民大黒屋光太夫を伴って根室に来航した。 教科書では…

欠陥から生まれるもの

majesticsaigon.hatenablog.jp 捨てる技術 文章に関わらず、作品を作り上げるには「捨てる技術」というものが重要だとは、よく言われることだ。例えばノンフィクションの作家にとって、知り得た多くの事実のうち、そのどれだけを文章に落とし込み、推敲し、…

1954年の戦い -日本、ローマ、インドシナ-

落語、日本を知ること。 先日の事、私は初めて生の落語というものを見た。いや、落語は「聞いた」と言うのが正確だろうか。落語家は、立川志の輔門下の二つ目で、アメリカの名門イェール大学への留学、三井物産での社会人経験を経て入門したという異色の経歴…

次郎の話

majesticsaigon.hatenablog.jp 次郎の話 「次郎の話」というのも唐突だが、近藤紘一の弟は、次郎(つぎお)という。近藤紘一自身によって語られた弟とのエピソードは、戦時戦後の食糧難時に食べ物を奪い合った、という少々シビアな話だが、この記事は次郎(…

探訪 名ノンフィクション

鋭角と鈍角 ノンフィクションの方法論 私がこの本「探訪 名ノンフィクション」を手に取ったのは、沢木耕太郎、近藤紘一といった書き手の作品によって「ノンフィクション」というジャンルに興味を抱いているからである。そしてこの作品には、中央公論誌上に20…

日本人の国際化について

現代は国際化の時代とよく言われるが、私にはこのことについて大いに疑念がある。確かに交通手段やインターネットによって、物理的、電磁的に日本と世界の距離は縮まっている。例えば私も留学中の従兄弟と連絡を取ることができ、至極便利である。 また、スポ…

イデオロギー雑感

近藤紘一の著作のうち、人気の高いものは「サイゴンから来た妻と娘」に始まる「妻と娘」シリーズ三部作なのだが、その他の著作に目を向けると、彼が優れた観察者であり、インタビュアーであることがわかる。それらはいずれも「新聞記者」として彼が身につけ…

必携の書

近藤紘一には、2冊の必携の書があった。サイゴン陥落後、日本大使館に滞在することとなった近藤は、大使館のソファーに寝転がり、失神小説(※三文小説の意か)を手に取りつつ、彼にとって必携の書を携えてこの地に乗り込まなかったことを悔やんだ。(サイゴン…

時代を考える

小林秀雄という人が有名な文士であり、批評家であるということは私も知っていた。近藤紘一の言葉によれば、現代における最後の知識人、ということになるだろうか。私がこれまで読んだ本のなかにも、小林秀雄という名は度々現れ、沢木耕太郎、近藤紘一の二人…

タイの国王

タイのプミポン国王が亡くなったという。 在位70年、1946年から長きに渡り、国の要となってきた。 近藤紘一がバンコクにいた頃も、そうであった。 近藤紘一の著作に登場する各国のお偉いさん方も、 近年訃報が相次いでいるように思われる。 ヴォーグエンザッ…

近藤紘一の時代

私は今、雨に降り込められている。稀にやってくる大雨に忽ち都市機能は麻痺し、道路はブレーキランプの赤に染められている。(素人があまり小説らしい文章を書くと、寒々しくていけないな、と思う。)ところで、宮崎駿は、こうしたブレーキランプの列を見て、…

人間国宝、近藤紘一?

近藤紘一夫妻は大変に動物好きである。改めて読み返してみると、近藤紘一が残したエッセイ群の多くに動物たちが描かれている事に気づく。登場頻度はベトナム、妻と娘、次点はさまざまに顔を出す動物たちかもしれない。 そんな近藤紘一が幼少期の原体験?とも…

近藤紘一と人名漢字

近藤紘一は新聞記者でもあったから本名で執筆活動を続けていた。それが本名であることに疑問はないが、近藤は昭和15年の生まれである。 現在人名に使える漢字は常用漢字表に登載されている漢字と定められているが、これらの規定は戦後の間もない頃、つまり昭…

近藤紘一と沢木耕太郎1

構想はあるのに文章がまとまらない。作家であれば死活問題だが、ブログの場合は困る人もあるまい。小林秀雄がとある講演のなかで、プロの作家にはリズムがあり、そのリズムに乗らねば文章が書けないと言うようなことを言っていた。アマチュアの私にとっては…

近藤紘一は犬派。

このブログでは少なくとも事実と「思われる」ことを根拠に、サイゴン陥落を見届けた目撃者、近藤紘一氏に関して書き綴っている。仮にもノンフィクションブロガー?として、頼りないながらもなるべく出典を示して記述を続けたいと思っている。 しかしながら、…