明治は遠くなりにけり
明治は遠くなりにけり
1868年は、明治元年であると同時に慶応4年であった。この年に慶応義塾大学が創立され、13年後の1881年に明治法律学校(後の明治大学)が設立された。両大学の名称は、いずれも当時の元号から取られたものである。
ところで、「明治は遠くなりにけり」という言葉がある。この言葉は、一つの「句」であった。「降る雪や 明治は遠く なりにけり」という句は、高浜虚子に師事した中村草田男によるものである。
この句が詠まれたのは、1931年(昭和6年)のことであった。
遠く
明治が対象に改元されたのは1912年、大正が昭和に改元されたのは1926年のことであった。明治が「遠くなりにけり」と呼ばれたのは、明治の末年から、わずか29年後のことであったのだ。
同じ方程式を当て嵌めるのならば、終戦は1974年に、昭和は2018年に遠くなったことになる。また、近藤紘一の早すぎる死は、2015年に、ということになる。
歴史
世界史の教科書(山川出版)に、ヴェトナム戦争の事は次のように書かれている。「・・・戦争は全インドシナに拡大されたが、他方パリ交渉も続けられ、73年、アメリカと北ヴェトナム・解放民族戦線とのあいだにヴェトナム和平協定が成立した。協定によってアメリカ軍の撤退が進むなかで、戦争は75年に最終段階にはいり、カンボジア・南ヴェトナム、さらにラオスでも解放勢力が勝利をおさめ、76年には南北統一したヴェトナム社会主義共和国が成立した」右ページにはサイゴン「解放」のキャプションのついた写真が掲載されている。
記録する者
遠くなった歴史は抽象化され、1ページで語られてしまう。そこにどれだけの犠牲者があり、どれほどの人生があり、ということは歴史の表舞台には出てこない。ただ、そうした人たちを見つめた目撃者が、確かにいた、ということを我々は忘れてはならぬ、と思う。
教科書が教えない歴史―明治‐昭和初期、日本の偉業 (扶桑社文庫)
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