漂流船の行く末
陸地
漂流した者、つまり余儀なく家路につくことができなくなった者達の願いは、畢竟「陸に辿りつくこと」でしかない、と思う。
その願いは、帰るべき故郷を持つ者にとっては「家に帰ること」であるかもしれないが、サイゴンが陥落した際にボート・ピープルとして出船した人々の願いは、文字どおり、どこか「自由な大地」に辿りつくことだったはずだ。
漂流
近頃、日本海沿岸に北朝鮮から漂着船が度々流れ着いている。私は、この夏にいくつも読んだ漂流者達の物語を思い出した。日本の近代における漂流事例の多くは、沿岸の航行を目的とした平底の帆船が大風によって流された事例である。
鎖国政策中の日本においては、大型帆船の造船が禁じられていたことも理由の一つだが、水深の浅い港に入るには、そのような船が利便性において優れていたからだ。
そして、漂流の事例が多いのが太平洋側である土佐、高知県の沿岸である。土佐は、長い海岸線を持つが良港が少ない。歴史的な良港である神戸、横浜などの優れた港は、悪天候時に避難できる「湾」を有している。
つまり、長い砂浜の続く地域は、船の避難できる場所がなく、港湾都市が発達しない。これは、九十九里浜などを有する千葉県、隣接する茨城県にも同じことが言える。
急な悪天候時に、港に入港できなかった帆船は、猛烈な風で損傷し、黒潮に流されることになる。不幸中の幸いとして、伊豆諸島、小笠原諸島に流れ着いた人々が劇的な漂流譚を残している。
漂流の先
海で漂流した船は、動力を失った場合、風と海流に運命を委ねることになる。黒潮に乗り、遠く北方、アリューシャン列島に流れ着いた者もいれば、日本近海で漂流しながらも、吹きやまない西風のために西に向かうのを断念し、ハワイ諸島に向かうことを決定した例もある。太平洋で漂流した者は、広大な海を漂うことになるのだ。
(このハワイアン行の記録は、「無人島に生きる十六人」という本に残されている。そこには、健全でたくましく、善良な、誇るべき日本人の姿がある。)
これに比べて、日本海で遭難する者には、大きく手を広げるかのように東に日本列島がある。あのような木造船が流れ着くのだから、古代の船も流れついたに違いない、と思う。
日本テレビ系で放映されている人気番組「鉄腕DASH」では、メンバーがよく漂着物を集めているが、各地には古来から、漂流物の流れやすい地があった。これらの土地について、柳田國男は「海上の道」というものの存在を検証している。海上の道には、古来の伝説から、日本人の起源を探るロマンがある。
海に出る
さて、近藤紘一の著作に、戦時中のベトナムを評し、「この国は、三国志の時代である」という意の言葉がある。これは、ある外国に、我々が常識とする現代的な観点で判断できない事柄がある、ということだ。
権力に振り回され、命を賭し、あのような貧弱な船で日本海の荒波に向かわねばならない状況のある北朝鮮には、未だ中世的な時代が続いているのかもしれない。
しかし、かつて波照間島の住民が悪政から逃れ、島の南にあるという幻の「南波照間島」を目指したのと違って、「国に帰りたい」と願う彼らが、やっと辿りついた陸地で金目のものを盗むということは、どういうことなのだろうか。彼らは、中世的な国に生きながら、信仰する神をも失ってしまったのかもしれない、と思う。
70's
70's
私には、どうも70年代に呼応するものがあるらしい。決して行くことのできない場所には一種の魅力があるのだろうか。ノンフィクション作家の沢木耕太郎は、「夢の都市」という言葉でそれらを表現した。ベルリンと、上海、サイゴン。それらの都市には、-たとえ名前が変わっていても-行くことはできるが、沢木耕太郎が行きたいと願ったのは、「一九三〇年代のベルリン、昭和十年代の上海、一九七五年の北ヴェトナムの「解放」前のサイゴン」だった。
先日、思い立って東北地方に車を走らせた。出発前に山口百恵のCDを借り、1200キロの行程を、山口百恵の歌とともに駆け抜けた。
Wireless
最近、引退を発表した安室奈美恵と比較されて名前の挙がる山口百恵の活動期間は、1973年から1980年の間だった。デビューのきっかけとなった「スター誕生」の放映された1972年の12月には、近藤紘一がサイゴンで、グエン・バン・チュー大統領がクリスマス前に全インドシナでの停戦を呼び掛けたことを報じている。
その山口百恵のラスト・コンサートは日本武道館で行われたが、そのとき使用されたマイクは、「有線マイク」だった。近頃ではカラオケボックスのマイクでさえ、ワイヤレスマイクが主流となっているが、1980年代は、ステージ上で踊るトップアイドルでさえ有線マイクを使っていたのだ、と改めて思った。
テレックス
近藤紘一の「サイゴンから来た妻と娘」の書き出しを思い返すと、「テレックス・センターを出て、ホテルの方に歩きだしたとき、妙な爆音を耳にした鈍く押さえつけたような音だった」・・・と、はじまる。
ファックスの仲間だろうと思っていたが、テレックスとは「ダイヤルで相手を呼び出し、タイプライター式電信機で通信する装置」であるという。
テレックスは、1975年のサイゴンにおいて、速報記事を本社に伝える唯一の手段だった。対空砲火音の中、ホテルに戻った近藤紘一は、「タイプライター」の前に腰を下ろす。
脚注
私には、一つの思いつきがある。近藤紘一の著作に係る「脚注」を作ろうというのである。私が小林秀雄を読むとき、知識の浅薄さから?脚注の、あるいはインターネットの検索の力を要する。近藤紘一の著作についても、自らのための脚注を用意してみたいと考えているのだ。上記の「テレックス・センター」を推測で補って読み飛ばしたように、より深く一冊の本を読むためには、一文を読み解いていく必要があるのではないか。
私は、近藤紘一の著作群を、再読、再再読・・・に耐えうる本だと思っている。近藤紘一が、頭をひねり、唸りながら推敲して書きあげたであろう文章に、再読するたびに迫れるような気がしている。緊迫した描写に、妻と娘に対する愛情に、鳥肌の立つような思いがする。
不落の要塞都市ダナン
「サイゴンから来た妻と娘」の頁を数ページめくると、1975年3月29日、不落の要塞都市といわれたダナンが「凄絶な混乱の中で自壊」したと記載がある。私は、「ダナン」という都市をインターネットで検索して驚いた。これが、時代の流れか、と思った。それは、ダナンという土地が、あまりにも美しいリゾート地だったからだ。
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