Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏について

サイゴンのちょっと短い日⑬(2018ベトナム訪問記)

 

 

majesticsaigon.hatenablog.jp

 

戦時下の動物園だった

 サイゴン動物園で、アヒル隊長に出会った私は、一つ会釈をしてレトロな城門をくぐる。

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 城門をくぐると、運河沿いの区画に出た。日差しを避け、日陰に身を寄せ合うシカ達の姿が見えた。

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 そんなにもこもこでは、身を寄せ合っても暑かろう、と思われた。このシカ達は、「サイゴン陥落」の戦禍を免れ、命を繋いできたのだろうか。近藤紘一の著作に、次のような一節がある。

 ただ、歓声こだます園内の空気とは対照的に、肝心の檻の住人達の姿はひどく見すぼらしかった。もともと戦時国家の動物園であるから”収容者”らの数や種類は豊富でない。

 ライオンなど一部を除き、ほとんどが国産品のシカ、ヤギ類だ。

(「目撃者」収録 世界の動物園より)

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  ライオン等とともに”収容”されていたというインド象も健在である。近藤さんが訪れた当時の像は、山岳地帯で”御用”になった山象だったというが、この御仁らの産まれはどこであろうか。

 

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 うなだれるクマ

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 南国の動物園、という趣がある。

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 ときおり、独特のセンスの像が現れる。

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 動物園にはやはり、子どもたちの歓声が似合う。

 

<⑭に続く>

  

1000文字で分かる「近藤紘一」 - Witness1975’s blog

 

 

世界の動物園

世界の動物園

 

 

 

ほんとのおおきさ動物園

ほんとのおおきさ動物園

 

 

 

サイゴンの特派員、近藤紘一とその著作

サイゴンの特派員

 

 サンケイ新聞社のサイゴン特派員であった近藤紘一は、1975年に南ベトナム共和国の崩壊を見届けた。「サイゴン陥落」として知られる、ベトナム戦争終結の一部始終である。  近藤さんは、ジャーナリストとして、ベトナムインドシナ及び東南アジア地域の情報を伝え続けた。

 南北ベトナムの統一から40年が過ぎ、近藤さんの、そのあまりにも早い死から30年が過ぎた。私にとってそれらの出来事は生誕前の事であって、何を知るにも全て書物の力によるほかはない。しかし換言すれば、私がこれほど近藤さんの作品に惹きつけられたということは、サイゴン陥落をはじめとする東南アジア情勢をレポートした近藤さんの情熱が、確かに書物に宿っているという一つの証左にはなろうと思う。

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人々への視線

 

 近藤さんは、「サイゴンから来た妻と娘」シリーズで、本当に心温かな家族の物語を描いたが、自ら「インドシナ屋」と語ったようにこの地域の人々についても視線を向け、優しさ溢れる文章群を残した。

 近藤さんが一番最後に我々読者に残してくれた「言葉」には、次のようにある。

・・・東南アジアの魅力を生み出すものは、多少重複するがこの地域のそれぞれの国で見られる人間らしさである。新聞記者と言うむしろ「現象」を追う身でありながら、そこで見る私の興味は、実際にこの地域で生きる人々の生き方やその喜怒哀楽といったようなものに注がれ続けた。

(妻と娘の国へ行った特派員 あとがきより)

  

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近藤紘一ブログ

 

 私はこのブログを2016年に開設した。「近藤紘一ブログ」というタイトルも直截に過ぎるかと、「1975年の目撃者」を代名詞として適当に英訳し、最初の記事に次のように書いた。「このブログは、『近藤紘一』という人物に主な焦点を絞って書き連ねたいと思う。私が産まれたときにはすでに故人となっていた近藤紘一について、わかることは少く、それを確かめることは望むべくもないけれど、勝手に感じた恩返しだと考えている。」 と。

 開設から2年が経過しているが、焦点が合っているかどうかは心許ない。ピントのずれ方は、戦争写真家であるロバート・キャパが写真を上手く撮る秘訣として述べた「slightly out of focus(ちょっとピンぼけ)」の範囲を大きく超えているかとも思う。

 

原文を読まなければわからない 

 

 私は近藤さんの著作から、直接的ではないにしろ、恩を感じるほどの影響を受けた。その少ない著作を読破すると、関係する本やインターネットの記事を読んだものの、私は少なからず近藤さんの著作の魅力が伝えられていない、或いは近藤さんが貶められていると感じた。

 そのような文章を読んで、近藤さんの原文を読まない人がいたなら、これは看過できない、と私には思われた。一人でも二人でも、このブログの記事から近藤さんの著作に触れてもらえれば、小さな恩返しにはなるであろう、というのがこのブログの開設理由である。

 

 近藤紘一の著作

 

 近藤さんの著作は、その活動期間の短さから、以下に列挙するとおりである。書きたい小説の構想も多数あったというが、中央公論新人賞を受賞した「仏陀を買う」が最初で最後の小説となってしまった。

 遺稿集の編集に携わった沢木耕太郎が、「彼の視線」という文章において近藤さんの死を「途上の死」であると書いた。もし存命なら、どれだけ豊かな作品群を送り出してくれただろう・・・と思わずにはいられない。

  

【著作一覧】

 

1975 『サイゴンのいちばん長い日』

1978 『サイゴンから来た妻と娘』

1978「統一ベトナムインドシナ(新書)」

1979 『悲劇のインドシナ・戦火と混迷の日々』

1980 『バンコクの妻と娘』

1982 『したたかな敗者たち』

1985 『パリへ行った妻と娘』

1986 『仏陀を買う』

1986 『目撃者―「近藤紘一全軌跡1971~1986」より』

 

○近藤ナウ名義

1978 『アオザイ女房』

 

○共著

1984 『国際報道の現場から』古森義久との共著

 

○翻訳

1978 『野望の街』(ハロルド・ロビンス著/翻訳)

 

※この記事は2016年2月の開設時に書かれた記事を大幅に加筆修正(2018年5月)

 

 

サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1)

サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1)

 

 

目撃者-近藤紘一全軌跡1971~1986

目撃者-近藤紘一全軌跡1971~1986