Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏について

「美しい昔」への反論 番外編 -ライターの矜持-

 

majesticsaigon.hatenablog.jp

 

 「美しい昔(美しい昔 近藤紘一が愛したサイゴンバンコク、そしてパリ/野地著)」への反論は、第7章へと続く前に、少し脱線する。

 

 沢木耕太郎が近藤紘一について書いた「彼の視線」中の一節で、沢木耕太郎が近藤紘一からの電話を振り返って、「ノンフィクションとフィクションの間」に関するエッセイを書くにあたり、あなたの文章を引用したいのだが許可をえられるだろうか」という要件とともに、「私の書くものからなんとはなしの親近感を持ってくれているようでもあった。」と感じ、ノンフィクションの文体論から妻や娘の話など沢木耕太郎にとっては「異例中の異例」である一時間余りの通話をしたことが書かれている。生前に直接出会ったことのない二人にとって、この電話が唯一直接の接点でもあった。

 

 ところで、沢木耕太郎が「私の書くものからなんとはなしの親近感を持ってくれているようでもあった。」と感じたところには、沢木耕太郎の「紙のライオン 路上の視野Ⅰ」に収められた「虚構の誘惑」といった文章に現れるノンフィクションに対する考え方に、近藤紘一が共感していたからかもしれない。

 

 沢木耕太郎は「(70年代前半の作品を振り返り)僕の書いたルポルタージュは「嘘」ばかりだった。自分が自分に課した制約の中で、材料を拾い上げ、自分好みの一つの物語を織っていたにすぎないのだ。

 その制約とは何か。取材に疲れて、安易に想像力の世界に逃げ込まないこと、つまり「嘘」は書かぬということだった。」

 ・・・嘘は書かないという制約のもとに書きあげたものは結局一篇の嘘でしかありえない・・・という葛藤は、二人に共通のものだったのだろう。この文章で沢木耕太郎は、「ぼくはほんとうにルポルタージュライターなのだろうか」と書き、近藤紘一はあるとき自分はノンフィクションライターなのだろうか、と悩んだ。

 

 二人の間の共通理解はおそらく、沢木耕太郎が「「嘘」と自覚しつつその(注:想像した)呟きの内容を書いてしまった時、その文章のルポルタージュとしての命は終わる」と書き、近藤紘一が自身の書いた「サイゴンから来た妻と娘」でのナウさんとの物語と、「仏陀を買う」で書いた小生と女主人との物語を隔てるものを、「嘘」を書いたか書かなかったかとしたところにある書き手の倫理観を守るという意思なのだ、と思う。

 

 だから二人の倫理観によれば、書き手が想像力の世界に逃げ込んだときに、書かれる文章はルポルタージュ、ノンフィクションとして死を迎えるのだ。その倫理観を持ち続けたところに二人のライターとして矜持がある。

 

 さて、「美しい昔」を書いた野地秩嘉は、近藤紘一の妻に対する考えを以下のように書く。「ナウの場合は日本に連れてきたけれど、本物の日本人にはなって欲しくなかったと思われる。日本語ができないナウは近藤を頼るしかない。近藤は頼られる男としてナウとふたりだけの世界を構築したかったのではないか。」・・・私はここに、「美しい昔」という239ページに渡る文章の、52ページ目におけるノンフィクションとしての死を見る。作者は、想像力の世界に逃げ込んでいるではないか。

 

 そして私は同時に、この文章もまた、一つの「嘘」であることを自覚せざるを得ない。

 

 

HAPPY PAPER ライオン

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