読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏について

必携の書

近藤紘一には、2冊の必携の書があった。サイゴン陥落後、日本大使館に滞在することとなった近藤は、大使館のソファーに寝転がり、失神小説(※三文小説の意か)を手に取りつつ、彼にとって必携の書を携えてこの地に乗り込まなかったことを悔やんだ。(サイゴンのいちばん長い日より)

 

近藤は、旅先には必ず斎藤茂吉の万葉秀歌とレマルクの凱旋門を持参したという。このうち万葉秀歌は、異国に暮らす自分を確かめる書物として、万葉の歌を読み、日本の風景を思い浮かべた・・・今から40年前、インターネットもなく、電話も満足に使えない時代のことである。この時代の異国というのが、今に比べて如何に遠いところであったのか、と思わされる。自分は日本人であり、どのように事態に処すべきか。自分を見失わないための本であったという。

 

もう一冊、レマルクの凱旋門は、現実から逃避するための書であった。近藤はこの本について、「甘えたくなるような言葉がたくさん並んでいる」と書いた。著者が処女作として、サイゴン崩壊の熱量が冷めやらぬうちに書かれた「サイゴンのいちばん長い日」にさりげなく書かれた一文に、近藤の抱えていたものが現れているように思われる。

 

レマルクの凱旋門には、かつて妻を亡くした近藤の心情に想いを馳せれば、「甘えたくなるような言葉」が並んでいるように思える。第三者である私からすれば、近藤がこうした言葉を必要としていたのだ、と考えるとある種の痛みを感じざるを得ない。

 

サイゴン崩壊という、一国が崩壊する過程の最中にあっても、後悔の念が心を離れることはなかったのではないか、と思う。しかし、この凱旋門に、近藤を勇気づける言葉が並んでいたのなら、この書物の力をバネに、近藤はサイゴンでの過酷な日々を乗り切り、インドシナ地域のレポートをし続けたと言えるのかもしれない。

 

 

凱旋門

凱旋門

 

 

近藤紘一さんに関心のある方、お持ちになった方へ                                                -   乱雑なブログとなっていますが、よろしければぜひコメントをお願いします。近藤さんついて語れる場の一つになればよいな、と思っています。