Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏について

近藤紘一と野望の街

 「ー君が出版社から頼まれるままに、翻訳したアメリカのピカレスク小説がありますが、さまざまな色のガラスの破片のようなコトバにいたるまで、息づいた言語の、みごとな日本語に移し替えられていました。ピカレスクにさえ、君の愛の形を変えた破片の群れが、言語として生き生きと跳びはねていました。ー(目撃者/司馬遼太郎弔辞)」

 

 司馬の弔辞で述べられた近藤の翻訳によるピカレスク小説(特徴として、一人称自伝体、エピソードの並列・羅列、下層出身者で社会寄生的存在の主人公、社会批判的、諷刺的性格を持つような小説を指すという)というのが、ハロルド・ロビンズを原作者とする「野望の街(原題:DREAMS DIE FIRST)」である。1960年代のアメリカ人気作家であった著者が、その当時のアメリカにおける諸問題を織り込んだ、あるアメリカ的な小説である、と言えると思う。近藤はあとがきで「よくぞここまでエンターテイメントに徹した」と評価した。

 

 司馬遼太郎は野望の街が雑誌連載中、近藤に対し弔辞にあるような評価を手紙で伝えたというが、これが大変翻訳の励みになったと近藤があとがきで述べている。

 近藤紘一による唯一の翻訳出版物である「野望の街」だが、私が一読したところでも、(大変厚かましい評価だが)好訳であると思われる。原文の文法を背後に感じさせるようなところはなく、訳者の語るように「原作の流れを映す自然な日本語」に見事に置き換えられていると思う。

 原作自体が大衆小説であるという影響もあるのだろうが、近藤紘一が遺した文章群の中で、もっとも一般的な、小説らしい文体を使った作品であると思う。ピカレスク小説的なストーリーの骨格の中にあって、ふいに詩的な風景を感じさせる描写は、近藤紘一のセンスによるのではないか、と思う。

 

 ところで、この原作と近藤を結びつけたのは、主人公ガレス・ブレンダンがヴェトナム帰還兵であることによる。ヴェトナムから帰還し、失業保険で暮らすガレスは、三流新聞社を買収し、「麻薬、同性愛、新興宗教、マフィア、ポルノ、暴力、マスコミ、人権問題ー等々。よろずアメリカ的なもの」の中にあって、成功を掴んでいくがー・・・というようなストーリーを、翻訳者近藤の紘一の言葉そのままに「文句なく楽しもうという気持ちでページをめく」るのが、こういった小説を読むに当たって、読者の正しい姿勢であるように思う。

 

 しかし、時代的なものなのか、アメリカ的なものなのか作中に度々ホモセクシュアルの男どもが出てくるのには少々辟易させられる。個人的にも、かつて英語力の不足ゆえにパリでいかがわしいゲイバーに連れて行かれ、戦々恐々とした時間を過ごしたことを思い出した。無事に帰還し、早々とパリを後にしたー。

 

 

 

野望の街 (1978年)

野望の街 (1978年)