Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏について

近藤紘一の足跡1 ープラハの春へー

近藤紘一は1940年,父台五郎が33歳の時に生まれている。もし存命なら、今年が75歳に当たる年となった。

 

紘一は、ふるさとのようなもの、と呼ぶ逗子で幼少期を過ごした。地元の湘南高校へ進むと、親友である吉川精一と出会うなどしている。この湘南高校は神奈川県下有数の進学校であり、現在も毎年医学部進学者を輩出している。

 

医師である父の台五郎からすれば、結果的に医学部へ進まなかった紘一に歯痒い思いもあったかもしれない。一方、平成25年の実績では早稲田大学進学者が最多数を占めている。早稲田の仏文科に進んだ近藤紘一も、多数派だったと言えるし、

本人は当初テレビ局志望だったというから、あるいは劇作家だった叔父や、映画監督などをしていた従兄弟の影響を強く受けていたのかもしれない。

 

早稲田では、後に結婚することになる浩子さんと出会い、1963年に首席で仏文科を卒業した紘一は、サンケイ新聞に入社した。静岡支局では、今も活動を続ける古森義久と知り合う。

 

1967年、26歳の紘一は、浩子さんとともに、サンケイ新聞の留学生兼特派員としてパリに渡る。道中はサイゴンにも立ち寄り、新婚旅行も兼ねていたらしい。パリで生活を送る傍ら、プラハの春の取材にあたった。

 

後に紘一は、サイゴンマジェスティックホテルで一人、

浩子さんと眺めた景色に思いを馳せることになる・・・