Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏について

近藤紘一に関する本1

近藤紘一についての記載がある本はいくつかあると思われる。

そのひとつに、野地 秩嘉という人が書いた、

「美しい昔 近藤紘一が愛したサイゴンバンコク、そしてパリ」という本がある。

以下はその本の内容紹介である。

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伝説のジャーナリストの足跡を世界に追う
伝説のジャーナリストの足跡を追って、ベトナムバンコク、パリなど世界各地を旅した五年間の精緻な紀行録。一九七九年に 大宅壮一賞を す沢木耕太郎と同時受賞したことで知られる近藤紘一は、受賞作『サイゴンから来た妻と娘』を始め多くの著作を発表しながら四五歳で早逝する。作家は彼の生きた時代と波乱の人生を解き明かす旅に出た……。「彼が心底気になっていたのはベトナムというテーマからいずれは脱皮しなくてはならないことだった」(本文より)日本航空機内誌の人気連載を大幅加筆、ゆかりの地の写真も多数収録した一冊。

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そして、この本を読んで私は憤りを感じた。故人を貶めるために、この本は書かれたのか?

本当のことは、わからない。

しかし、何冊も本を出しているような人物が、このようなものを書いたとはとても、思えなかった。そこで、以下のような文章を書いた。上の作品が、近藤紘一氏について書かれた最も新しい部類の資料である以上、近藤紘一の著作に感じ入った人達が、最後に読む文章がこれでよいのか・・・

このブログが、少しでもこの書に対するアンチテーゼであるようにと思っている。

 

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著者は、この本で何を伝えたかったのか。

 

本書の中では、サイゴンから来た妻ナウに、好意的な記述はほぼ見られない。そればかりか、書名にある近藤紘一氏に対しても、好意的とは言えない記述が目立つ。
また、近藤氏の著作で書かれていることに反する記載についても、その根拠は薄弱で、悪意を感じさせる憶測に満ち満ちている。
一例を挙げると、著者は、「(当時のサイゴンでは)戦争続きで街に若い男がいなかった。外国人の男は誰でもモテモテだった(中略)国を出たい女の子が大勢いた」という、パリのチャイナタウンのオーナーの発言に対し、「目からうろこが落ちた」と述べた上で、近藤とナウの出会いとその後の生活に対する基本理解としているように思える。
本書では全体を通じ、近藤氏の遺稿集「目撃者」に収められた司馬遼太郎氏の弔辞や、編集者である沢木耕太郎氏があとがきで述べたような、近藤紘一に対する尊敬の念や、親愛の情を感じることも難しい。
 近藤氏の著作ではわからなかった事実がいくつか明らかになるものの、これは蛇足に過ぎない。本書におけるほぼ唯一と言ってもいい光明は、終盤のインタビューにより、娘ユンから、父紘一への感謝と愛情が素直に示されている点だ。しかしここでもなお、父母の対比によって、読者のナウ氏への心象を悪化させている。

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