Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏について

近藤紘一に連なる人々

必携の書2

大黒屋光太夫 必携の書とは、「その人にとっての」と冠をつけるのがより正確かもしれない。急に歴史上の話になるが、1792(寛政4)年、松平定信が老中を務める時代のこと、ロシアのラクスマンが日本の漂流民大黒屋光太夫を伴って根室に来航した。 教科書では…

伝説の編集者 新井信

伝説の編集者 新井信 1979(昭和54年)、大宅壮一ノンフィクションをダブル受賞した人物がいる。文芸春秋社においてノンフィクション部門の編集者として従事した新井信(あらいまこと)氏である。 彼が担当編集者として刊行した、近藤紘一の「サイゴンから来…

探訪 名ノンフィクション

鋭角と鈍角 ノンフィクションの方法論 私がこの本「探訪 名ノンフィクション」を手に取ったのは、沢木耕太郎、近藤紘一といった書き手の作品によって「ノンフィクション」というジャンルに興味を抱いているからである。そしてこの作品には、中央公論誌上に20…

「美しい昔」への反論 番外編 -ライターの矜持-

majesticsaigon.hatenablog.jp 「美しい昔(美しい昔 近藤紘一が愛したサイゴン、バンコク、そしてパリ/野地著)」への反論は、第7章へと続く前に、少し脱線する。 沢木耕太郎が近藤紘一について書いた「彼の視線」中の一節で、沢木耕太郎が近藤紘一からの…

タイの国王

タイのプミポン国王が亡くなったという。 在位70年、1946年から長きに渡り、国の要となってきた。 近藤紘一がバンコクにいた頃も、そうであった。 近藤紘一の著作に登場する各国のお偉いさん方も、 近年訃報が相次いでいるように思われる。 ヴォーグエンザッ…

「パリの近藤紘一」~ベトナム・ストーリーズ~

私はかつて、新聞記者になりたい様な気がしていた。大変ぼんやりとした希望であった。あるいは、近藤紘一に早く出会っていたら新聞記者への道を志し、道を踏み外し?ていたかもしれない。 さて、神田憲行さんというライターが、「パリの近藤紘一」という文章…

近藤紘一と沢木耕太郎1

構想はあるのに文章がまとまらない。作家であれば死活問題だが、ブログの場合は困る人もあるまい。小林秀雄がとある講演のなかで、プロの作家にはリズムがあり、そのリズムに乗らねば文章が書けないと言うようなことを言っていた。アマチュアの私にとっては…

近藤紘一と司馬遼太郎

近藤紘一が1986年に亡くなった際、司馬遼太郎が弔辞を読んだ。その文章は大変な名文であるように思われる。司馬より年少である近藤に対して、尊敬と、驚嘆と、親愛の情とが示されている。心からの想いがなければ書けないのではないか、と思わせる慈しみ溢れ…