Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏(1940-1986)について

近藤家の人びと

サイゴンの特派員、近藤紘一とその著作

サイゴンの特派員 サンケイ新聞社のサイゴン特派員であった近藤紘一は、1975年に南ベトナム共和国の崩壊を見届けた。「サイゴン陥落」として知られる、ベトナム戦争終結の一部始終である。 近藤さんは、ジャーナリストとして、ベトナム、インドシナ及び東南…

夏の海、近藤家と萩原家

夏の海 「サイゴンのいちばん長い日」の作者として知られる近藤紘一には、「サイゴンから来た妻と娘」シリーズの著作があるが、近藤さんには若くして亡くなった前妻がいた。近藤さんは、湘南高校から進学した早稲田大学の仏文科において、駐仏大使萩原徹の娘…

1927年、フットボーラー近藤 ー極東選手権競技大会ー

Far East かつて、極東選手権競技大会(The Far Eastern Championship Games)という競技会が開催されていた。 1913年から34年まで、10回実施されたこの大会は、フィリピン、中国、日本の3か国を順次開催地として開かれたが、「満州国」参加に関して日中が激…

近藤紘一の義父、萩原徹。

義父 萩原徹 「サイゴンから来た妻と娘」を書いた近藤紘一が、ベトナム戦争を取材する新聞社の「戦地特派員(ウォーコレスポンデント)」として、南ベトナム共和国の首都サイゴンに赴任したのは1971年、31歳の時だった。近藤さんは、その前年に日本人の夫人…

晩年の父台五郎と、近藤紘一

医者と息子 私は近藤紘一の著作を読んでいて、家族の話題であっても、近藤さん側の親族がほとんど出てこないことに多少の違和感を覚えていた。その違和感は、おそらく近藤さんは医師である父近藤台五郎とはあまり良い関係にないのではないか、という邪推と置…

近藤家の人びと2 -祖父 近藤次繁ー

名医 近藤次繁 近藤次繁は,日本で初めて胃がんの手術を成功させた人物として知られている。近藤台五郎の父,近藤紘一の祖父の当たる。帝国大学でお雇い外国人ユリウス・スクリバ※に学んだ近藤次繁は,帝国大学卒業後も医術の道を歩み続け,次第に名医として…