Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏について

近藤家の人びと

夏の海、近藤家と萩原家

「サイゴンのいちばん長い日」の作者として知られる近藤紘一には、「サイゴンから来た妻と娘」シリーズの著作があるが、近藤紘一には若くして亡くなった前妻がいた。近藤は、湘南高校から進学した早稲田大学の仏文科において、駐仏大使萩原徹の娘、浩子さん…

1927年、フットボーラー近藤 ー極東選手権競技大会ー

かつて、極東選手権競技大会(The Far Eastern Championship Games)という競技会が開催されていた。 1913年から34年まで、10回実施されたこの大会は、フィリピン、中国、日本の3か国を順次開催地として開かれたが、「満州国」参加に関して日中が激しく対立…

近藤紘一の義父、萩原徹。

1964年、近藤紘一は前妻の浩子さんと結婚した。夫妻は早稲田大学を卒業した23歳で、近藤が務める支局に奥さんが迎えに来るなど、文字どおりの新婚時代であった。 (当然のことながら)結婚と時を同じくして近藤の義父となった浩子さんの父、萩原徹は、近藤に…

晩年の父台五郎と、近藤紘一

私は近藤紘一の著作を読んでいて、家族の話の中に実家の親族がほとんど出てこないことに多少の違和感を覚えていた。その違和感は、おそらく近藤紘一は医師である父近藤台五郎とはあまり良い関係にないのではないか、という推測と置き換えても差し支えない。 …

近藤家の人びと2 -祖父 近藤次繁ー

近藤次繁は,日本で初めて胃がんの手術を成功させた人物として知られる。近藤台五郎の父,近藤紘一の祖父である。帝国大学でお雇い外国人ユリウス・スクリバ(このスクリバも功績のある人物で,群馬県の草津温泉にはベルツ博士と並んで銅像がある。)に学ん…

近藤家の人びと1 ~父 近藤台五郎と近藤軍団~

近藤紘一の父,近藤台五郎は1907(明治40)年生まれ、1933年に東大医学部を卒業し,論文の発表時期から1940-1970頃を中心に第一線で活躍したと思われる。なお,長男である紘一は1940年,台五郎が33歳の時に生まれている。 近藤台五郎は胃鏡(ファイバースコ…

近藤家の人びと

「サイゴンから来た妻と娘」の文庫本(2013)には,文藝春秋社で近藤紘一の担当編集であった新井信氏が解説を寄せている。 その中で,近藤紘一が病床で次回作への意欲を伝えている描写がある。近藤紘一は,北杜夫の「楡家の人びと」に匹敵するような,近藤家…