Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏(1940-1986)について

サイゴンのちょっと短い日⑭(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp 独裁者のオウム サイゴン動物園での時間を満喫した私は、マジェスティックホテルに戻ることにした。その帰り際、鳥類の集められているエリアを通った際に、なんだがでっぷりと、或いはずんぐりとした生き物が視界の端に入った…

BANANA FISH  サイゴンからはじまる物語

BANANA FISH 本屋を歩いていると、レンタルコミックの棚に見慣れない漫画の置いてあるのが目に付いた。題名を「BANANA FISH」という。すぐ横にポップが置かれており、 7月5日からノイタミナ枠でアニメが放送されることが決まっていると書かれていた。 ニュー…

随筆

随筆 随筆という言葉をなんとなく読み流していたが、現在では常用外となっている「随う」とは、「従う」と同意であって、文字どおり「筆ニ随フ」ように心に浮かんだことなどを自由な形式で書いた文章をいう。今では、エッセイと呼ばれることが多くなっている…

「パリの近藤紘一」~ベトナム・ストーリーズ~

ベトナム・ストーリーズ 私はかつて、新聞記者になりたいと思っていた。物を書いて暮らす人になりたいと、ただぼんやりと願っていたので、そのうちに希望はどこかへ飛んでいってしまった。あるいは、魅力ある近藤紘一作品にもっと早くに出会っていたら新聞記…

顔もあれば眼もある本

開高健の激賞 サイゴン陥落の前後を記録した、近藤紘一の「サイゴンのいちばん長い日」の巻頭には、ベトナム報道の先達でもある開高健が文章を寄せている。初版の際には、カバーに掲載するための推薦文として文字数の制限があったと思われ、非常に短い文章だ…

サイゴンのちょっと短い日⑬(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp 戦時下の動物園だった サイゴン動物園で、アヒル隊長に出会った私は、一つ会釈をしてレトロな城門をくぐる。 城門をくぐると、運河沿いの区画に出た。日差しを避け、日陰に身を寄せ合うシカ達の姿が見えた。 そんなにもこもこ…

サイゴンの特派員、近藤紘一とその著作

サイゴンの特派員 サンケイ新聞社のサイゴン特派員であった近藤紘一は、1975年に南ベトナム共和国の崩壊を見届けた。「サイゴン陥落」として知られる、ベトナム戦争終結の一部始終である。 近藤さんは、ジャーナリストとして、ベトナム、インドシナ及び東南…

ルックイースト

ベトナム難民 ベトナム戦争の激化とともに、”ベトナム難民”と呼ばれる人が生まれた。ボートピープルとして、闇の中大洋に漕ぎ出した人も数知れないという。こうした話が完全に過去のものとはなっていない、という一例が過日、産経新聞で報じられた。 2017年…

サイゴンのちょっと短い日⑫(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp 世界の動物園 近藤紘一には1955年(昭和30年)に創刊され、「 銀座のかおりをお届けする雑誌として、情報だけでなく、銀座の文化を表現することにポイントを置いて編集」された、「銀座百点」という雑誌における「世界の動物園…

サイゴンのちょっと短い日⑪(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp トンドクタン通り 私は結局のところ、マジェスティックホテルに泊まれることになった。クレジットカードは、ホテルでは有効に機能したらしい。腕時計に目を遣ると、ちょうど12時だった。もっとも、時計を現地時間に合わせてい…

サイゴンのちょっと短い日⑩(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp マジェスティック <majestic ・・・威厳のある, 堂々とした, 荘重な. > このブログのURLには、特に深い考えもなく、「majesticsaigon」という文言を用いた。近藤紘一について言及するブログを始めるに当たって、何か印象…

(番外編)サイゴンレストラン

majesticsaigon.hatenablog.jp サイゴンレストラン 以前から、「サイゴン」についてインターネットで調べているときに、「サイゴン」の名を冠した飲食店があることに気が付いていた。その中で最も有名と思われるのが、池袋に存在する「サイゴンレストラン」…

サイゴンのちょっと短い日⑨(2018ベトナム訪問記)

私は1975年の地図を持って街を歩いていた。細い路地を抜けて大通りに出ると、43年前と変わらない場所に、私の知るカラベルホテル(Caravelle Hotel)が今も存在した。当時と変わらぬ高級ホテルとして。

サイゴンのちょっと短い日⑧(2018ベトナム訪問記)

サイゴンでよく食べられるベトナム風サンドイッチである「バインミー(Banh Mi)」は、フランス風の棒パン(バゲット)に鶏肉や牛肉、なます、パクチー等を挟んだものだ。日本でも今後、バインミーの流行がおとずれるのではないか、と私は思っている。

サイゴンのちょっと短い日⑦(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp4 サイゴンの朝 私は、旅に出ると早起きになる。緊張感のなせる業なのか、3日もすると寝坊するようになるのだが、自分でも驚くほど目が覚める。せっかくの異国で寝ているのはもったいない!と意識が働くのかもしれない。ホンミ…

サイゴンのちょっと短い日⑥(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp 今日の寝床は ミンさんはタイガービールを飲みながら、「自分の家に泊まったらいい。お金はいらない。」と言い、明日にはベトナム政府軍の☆マークの入ったベルトをくれると言い、明日もどこかに一緒に食事に行こうと言った。 …

サイゴンのちょっと短い日⑤(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp Ten thousand ミンさんから「USドルでの支払い」を請求された私は、ついに来たか、と思った。そして、語気を強めて「ベトナムドンで支払うと言ったはずだ」と言ったところで、私が一つ思い違いをしていたことに気がついた。 バ…

サイゴンのちょっと短い日④(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp 1号線を南下せよ ミンさんのバイクに乗って再び走りだした私は、目的地が定まっていないことに気付いた。どこに向かっているかと尋ねると「メコン・リバー」という。ミンさんにはサンダルを買う際に手持ちのベトナムドンの全…

サイゴンのちょっと短い日③(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp バイクで街を 朝のサイゴンは、バイクで走ると快適な街だった。今が乾期のせいかもしれない。バイクはトンネルを抜けて対岸の橋で停まり、そこでサイゴン川の流れを見た。 老人がしきりに川のトンネルをくぐることとを勧め、対…

サイゴンのちょっと短い日②(2018ベトナム訪問記)

majesticsaigon.hatenablog.jp 空港から市内へ 空港を出たシャトルバスは、サイゴンの中央部へと通勤時間帯の街を走る。バスの前後左右にバイクがひしめき、常にどこかでクラクションが鳴っていた。バイクや車の車間は恐ろしく接近しており、私の持つ運転免…

サイゴンのちょっと短い日①(2018ベトナム訪問記)

タンソンニュット空港 南ベトナム政府軍がベトナムの中部高原諸省を放棄し、対立を続ける南北間の争いに生じた変化のために、近藤紘一がタンソンニュット空港に降り立ったのは、1975年3月23日のことだった。 それから約43年後の2018年3月8日深夜、バニラエア…

アンドレ・マルロー

「見ろ、マルローだ。」 パリの近藤紘一は、コンコルド広場から歩いてくる人並みの中の人物に視線を引きつけられた。「大作家だ。ドゴール派の中でも別格だ」と、デモ見物に同行していた友人にその作品や経歴を説明し、「一個の人間の姿そのものから、これほ…

近藤紘一作品の登場人物

作業の日々 年が明けて約2週間、近藤紘一の著作を眺め続けた。眺めた、というのは一つの作業に特化したためだ。作品に度々登場する人物をまとめることで、何かわかることがあるのではないか・・・という観点で作業を始めたところ、思った以上の時間を要した…

直感から至る道

本を買う。 2018年を迎えてしまった-というのは、地に足が着かないまま、目標も定めず1年を過ごしてしまったという後悔の念に堪えないからである。今年こそは、何かに付けて行動せねばならない、と本を数冊買い求めた。探している時には見つからないものが…

続 はじめないとやる気はでないよ

はじめれば、きっとやる気は出る。 記事を書いたことによって、やる気が生まれたかは疑わしいのだが、1年を振り返るような記事を書いてしまった手前、2017年のことはその年のうちに片付けなければならない心持になったことは確かである。 以下、2017年下半…

はじめないとやる気は出ないよ

はじめないとやる気は出ないよ 誰の言葉か失念してしまったが、これは金言であるだろう。文章も、書き出しの1行さえ書ければ半分完成したようなものだと言った人もある。しかしながら、自転車の漕ぎ出しに最も力を要するように、「はじめる」ということには…

漂流船の行く末

majesticsaigon.hatenablog.jp 陸地 漂流した者、つまり余儀なく家路につくことができなくなった者達の願いは、畢竟「陸に辿りつくこと」でしかない、と思う。 その願いは、帰るべき故郷を持つ者にとっては「家に帰ること」であるかもしれないが、サイゴンが…

70's

70's 私には、どうも70年代に呼応するものがあるらしい。決して行くことのできない場所には一種の魅力があるのだろうか。ノンフィクション作家の沢木耕太郎は、「夢の都市」という言葉でそれらを表現した。ベルリンと、上海、サイゴン。それらの都市には、-…

シエラネバダの向こう側

動物園で 「寺内貫太郎一家※」等で有名な向田邦子の名は以前から知っていた。私にとって印象深いのは、沢木耕太郎があるとき、飛行機の墜落事故被害者を報じるラジオの音声に「K.ムコウダ」と伝えているのを聞いた、というエピソードである。(親交のある)…

明治は遠くなりにけり

明治は遠くなりにけり 1868年は、明治元年であると同時に慶応4年であった。この年に慶応義塾大学が創立され、13年後の1881年に明治法律学校(後の明治大学)が設立された。両大学の名称は、いずれも当時の元号から取られたものである。 ところで、「明治は遠…