Witness1975’s blog

サイゴン特派員 ジャーナリスト近藤紘一氏について

近藤紘一作品の登場人物

作業の日々 年が明けて約2週間、近藤紘一の著作を眺め続けた。眺めた、というのは一つの作業に特化したためだ。作品に度々登場する人物をまとめることで、何かわかることがあるのではないか・・・という観点で作業を始めたところ、思った以上の時間を要した…

直感から至る道

本を買う。 2018年を迎えてしまった-というのは、地に足が着かないまま、目標も定めず1年を過ごしてしまったという後悔の念に堪えないからである。今年こそは、何かに付けて行動せねばならない、と本を数冊買い求めた。探している時には見つからないものが…

続 はじめないとやる気はでないよ

はじめれば、きっとやる気は出る。 記事を書いたことによって、やる気が生まれたかは疑わしいのだが、1年を振り返るような記事を書いてしまった手前、2017年のことはその年のうちに片付けなければならない心持になったことは確かである。 以下、2017年下半…

はじめないとやる気は出ないよ

はじめないとやる気は出ないよ 誰の言葉か失念してしまったが、これは金言であるだろう。文章も、書き出しの1行さえ書ければ半分完成したようなものだと言った人もある。しかしながら、自転車の漕ぎ出しに最も力を要するように、「はじめる」ということには…

漂流船の行く末

majesticsaigon.hatenablog.jp 陸地 漂流した者、つまり余儀なく家路につくことができなくなった者達の願いは、畢竟「陸に辿りつくこと」でしかない、と思う。 その願いは、帰るべき故郷を持つ者にとっては「家に帰ること」であるかもしれないが、サイゴンが…

70's

70's 私には、どうも70年代に呼応するものがあるらしい。決して行くことのできない場所には一種の魅力があるのだろうか。ノンフィクション作家の沢木耕太郎は、「夢の都市」という言葉でそれらを表現した。ベルリンと、上海、サイゴン。それらの都市には、-…

シエラネバダの向こう側

動物園で 「寺内貫太郎一家※」等で有名な向田邦子の名は以前から知っていた。私にとって印象深いのは、沢木耕太郎があるとき、飛行機の墜落事故被害者を報じるラジオの音声に「K.ムコウダ」と伝えているのを聞いた、というエピソードである。(親交のある)…

明治は遠くなりにけり

明治は遠くなりにけり 1868年は、明治元年であると同時に慶応4年であった。この年に慶応義塾大学が創立され、13年後の1881年に明治法律学校(後の明治大学)が設立された。両大学の名称は、いずれも当時の元号から取られたものである。 ところで、「明治は遠…

近藤紘一 × 日本競馬史 1

スポーツ・ノンフィクション 私はいわゆる「ノンフィクション」と呼ばれるジャンルの作品を多く読むが、私が初めて自ら買い求め、読み進めていった分野も純然たる「スポーツ・ノンフィクション」に属することにあるとき気がついた。それは、スポーツとしての…

あの日 あのとき サイゴンで

世界新記録の瞬間 昨日の昼にふとテレビをつけると、1977年9月3日に、放物線を描いてライトスタンドに飛び込んだボールの映像が流れていた。世界最多本塁打の記録を更新した、王貞治の通算第756号ホームランの瞬間である。 そのテレビ番組のテロップがずいぶ…

漂流者達のアルバトロス

ドリフターズ drifter 1 漂流者(者) 2 放浪者、浮浪者 ドリフターという英語は、日本語が「漂流者」と「放浪者」を明確に区別するのと異なり、二つの意味を含有している。また、その複数形を表す「ドリフターズ」は、その言葉の意味するところを超えて、ず…

必携の書2

大黒屋光太夫 必携の書とは、「その人にとっての」と冠をつけるのがより正確かもしれない。急に歴史上の話になるが、1792(寛政4)年、松平定信が老中を務める時代のこと、ロシアのラクスマンが日本の漂流民大黒屋光太夫を伴って根室に来航した。 教科書では…

サイゴンハートブレーク・ホテル

ハートブレーク・ホテル 「(サイゴンで)「ハート・ブレークホテル」は、若い日本人記者達の仮の棲家であった。(中略)単身赴任の商社マンや歴代の特派員達が住んだ。私自身も二年近く住んだ。解放軍のロケット砲弾も時々落ちてくる場所だったが、住めば都…

欠陥から生まれるもの

majesticsaigon.hatenablog.jp 捨てる技術 文章に関わらず、作品を作り上げるには「捨てる技術」というものが重要だとは、よく言われることだ。例えばノンフィクションの作家にとって、知り得た多くの事実のうち、そのどれだけを文章に落とし込み、推敲し、…

1954年の戦い -日本、ローマ、インドシナ-

落語、日本を知ること。 先日の事、私は初めて生の落語というものを見た。いや、落語は「聞いた」と言うのが正確だろうか。落語家は、立川志の輔門下の二つ目で、アメリカの名門イェール大学への留学、三井物産での社会人経験を経て入門したという異色の経歴…

次郎の話

majesticsaigon.hatenablog.jp 次郎の話 「次郎の話」というのも唐突だが、近藤紘一の弟は、次郎(つぎお)という。近藤紘一自身によって語られた弟とのエピソードは、戦時戦後の食糧難時に食べ物を奪い合った、という少々シビアな話だが、この記事は次郎(…

伝説の編集者 新井信

伝説の編集者 新井信 1979(昭和54年)、大宅壮一ノンフィクションをダブル受賞した人物がいる。文芸春秋社においてノンフィクション部門の編集者として従事した新井信(あらいまこと)氏である。 彼が担当編集者として刊行した、近藤紘一の「サイゴンから来…

1000文字で分かる「近藤紘一」

近藤紘一とは 近藤紘一(1940-1986)は、東京都出身のジャーナリスト、作家。サンケイ新聞の特派員として、「サイゴン陥落」を見届け、そのベトナム戦争終結の場面を「サイゴンの一番長い日」として刊行した。 インドシナ地域を中心に国際報道に携わりながら…

探訪 名ノンフィクション

鋭角と鈍角 ノンフィクションの方法論 私がこの本「探訪 名ノンフィクション」を手に取ったのは、沢木耕太郎、近藤紘一といった書き手の作品によって「ノンフィクション」というジャンルに興味を抱いているからである。そしてこの作品には、中央公論誌上に20…

書評 これならわかるベトナムの歴史Q&A

これならわかるベトナムの歴史Q&A 作者: 三橋広夫 出版社/メーカー: 大月書店 発売日: 2005/07 メディア: 単行本 この商品を含むブログを見る この本の執筆目的は、複雑怪奇なるベトナムの歴史を、できる限り平易な言葉で、わかりやすく記述することにあった…

「美しい昔」への反論 番外編 -ライターの矜持-

majesticsaigon.hatenablog.jp 「美しい昔(美しい昔 近藤紘一が愛したサイゴン、バンコク、そしてパリ/野地著)」への反論は、第7章へと続く前に、少し脱線する。 沢木耕太郎が近藤紘一について書いた「彼の視線」中の一節で、沢木耕太郎が近藤紘一からの…

「美しい昔」への反論6

majesticsaigon.hatenablog.jp 「美しい昔(美しい昔 近藤紘一が愛したサイゴン、バンコク、そしてパリ/野地著)」への反論は、第6章へと続く。 小林秀雄は、批評とは誉めることだと言っているが、このカテゴリーの文章群は「反論」である。しかし、中傷で…

日本人の国際化について

現代は国際化の時代とよく言われるが、私にはこのことについて大いに疑念がある。確かに交通手段やインターネットによって、物理的、電磁的に日本と世界の距離は縮まっている。例えば私も留学中の従兄弟と連絡を取ることができ、至極便利である。 また、スポ…

サイゴンから来た妻と娘の結末 -彼の名は-

1975年4月30日、サイゴン陥落ー。 長く続いたベトナム戦争の終結を見届けた新聞記者、近藤紘一は、陥落直前の状況を以下のようにレポートした。「サイゴンはいま、音を立てて崩壊しつつある。つい二カ月前、いや一カ月前まではっきりと存在し、機能していた…

夏の海、近藤家と萩原家

「サイゴンのいちばん長い日」の作者として知られる近藤紘一には、「サイゴンから来た妻と娘」シリーズの著作があるが、近藤紘一には若くして亡くなった前妻がいた。近藤は、湘南高校から進学した早稲田大学の仏文科において、駐仏大使萩原徹の娘、浩子さん…

イデオロギー雑感

近藤紘一の著作のうち、人気の高いものは「サイゴンから来た妻と娘」に始まる「妻と娘」シリーズ三部作なのだが、その他の著作に目を向けると、彼が優れた観察者であり、インタビュアーであることがわかる。それらはいずれも「新聞記者」として彼が身につけ…

「美しい昔」への反論5

majesticsaigon.hatenablog.jp 「美しい昔(美しい昔 近藤紘一が愛したサイゴン、バンコク、そしてパリ/野地著)」への反論は、第5章へと続く。 その前に先日、機内で近藤紘一の「したたかな敗者たち」を読み返していたところ、タイトルに取られている「美…

1927年、フットボーラー近藤 ー極東選手権競技大会ー

かつて、極東選手権競技大会(The Far Eastern Championship Games)という競技会が開催されていた。 1913年から34年まで、10回実施されたこの大会は、フィリピン、中国、日本の3か国を順次開催地として開かれたが、「満州国」参加に関して日中が激しく対立…

必携の書

近藤紘一には、2冊の必携の書があった。サイゴン陥落後、日本大使館に滞在することとなった近藤は、大使館のソファーに寝転がり、失神小説(※三文小説の意か)を手に取りつつ、彼にとって必携の書を携えてこの地に乗り込まなかったことを悔やんだ。(サイゴン…

時代を考える

小林秀雄という人が有名な文士であり、批評家であるということは私も知っていた。近藤紘一の言葉によれば、現代における最後の知識人、ということになるだろうか。私がこれまで読んだ本のなかにも、小林秀雄という名は度々現れ、沢木耕太郎、近藤紘一の二人…