シエラネバダの向こう側
動物園で
「寺内貫太郎一家※」等で有名な向田邦子の名は以前から知っていた。私にとって印象深いのは、沢木耕太郎があるとき、飛行機の墜落事故被害者を報じるラジオの音声に「K.ムコウダ」と伝えているのを聞いた、というエピソードである。(親交のある)向田邦子さんではないか・・・という予感は、残念ながら当たっていた。
その向田さんの作品に「霊長類ヒト科動物図鑑」というエッセイがある。この作品は、飛行機事故のあった1981年に刊行されている。筆致は鮮やかである。読み進めていくと、向田さんがバンコクの動物園を訪れた時の記録がある。
近藤紘一の「世界の動物園」シリーズにもバンコク動物園を訪れた記録があることに思い当り頁をめくると、それはバンコク在任中の1984年のことであった。向田さんはネコ科の動物を目的として動物園を巡っていたらしい。近藤紘一にとってバンコク動物園の目玉は、ギボン(手長猿)と、「ナマズの大王」であった。
※ サンケイ新聞社出版局から1975年に刊行されている。
ピレネー山脈の向こう側
近藤紘一の「世界の動物園」シリーズの最後の作品となるのが、マドリード動物園を訪れた際の「砂塵の中のキリン」である。
少なくとも。1960年代の仏蘭西人にとって、スペインは「ピレネー山脈の向こう側」であったという。現在、世界遺産となっているアンダルシア地方のアルハンブラ宮殿はイスラム文化の残る遺跡である。独特な歴史を持つこの国を「ピレネー山脈の向こう側」と表現するニュアンスを近藤紘一も「肌で分かる」と記している。
そのピレネー山脈を2年間のフランス滞在中にただ一度越えた思い出が、「砂塵の中のキリン」である。
ピレネーへの珍道中
近藤紘一は、同宿のブラジル人夫婦から「さいわい、君は(車を)持っている」という理由で、バカンスの時期に運転手として駆りだされた。バカンスでボルドー地方から渋滞し、フランス国境を超えて間もないサンセバスチャンまで3日を要したという。
しかし、この時期に欧州で近藤紘一が車を所有していたのは、車用の車があったのだろうか。あるいは近藤家の資産によるものだろうか。いずれにせよ、ヨーロッパで車を駆ったというのは、30年~40年の時代差があるが白洲次郎との共通点である。
さて、道中、夫婦喧嘩を始めた夫婦は、宿泊したホテルにも諍いを持ち込み、近藤紘一はソファーで眠るハメになる。翌朝、ホテルに一人残された近藤紘一は、一人動物園に出かけるのであった。
シエラネバダの向こう側
ブラジル人夫婦の最終目的地は、ポルトガルであった。3人はポルトガルに向かったのであろうか。そのエピソードは描かれていない。近藤紘一が描かなかった物語もまたあるのだ、と思う。
私は何年か前、スペインに旅行をした。セビーリャ近郊で西へ向かいポルトガルに向かうか、さらにアンダルシア地方を南下するかしばし迷い、南下した。
「砂塵の中のキリン」が鼻を向けたというアフリカの大地は、このシエラネバダの先にある。
明治は遠くなりにけり
明治は遠くなりにけり
1868年は、明治元年であると同時に慶応4年であった。この年に慶応義塾大学が創立され、13年後の1881年に明治法律学校(後の明治大学)が設立された。両大学の名称は、いずれも当時の元号から取られたものである。
ところで、「明治は遠くなりにけり」という言葉がある。この言葉は、一つの「句」であった。「降る雪や 明治は遠く なりにけり」という句は、高浜虚子に師事した中村草田男によるものである。
この句が詠まれたのは、1931年(昭和6年)のことであった。
遠く
明治が対象に改元されたのは1912年、大正が昭和に改元されたのは1926年のことであった。明治が「遠くなりにけり」と呼ばれたのは、明治の末年から、わずか29年後のことであったのだ。
同じ方程式を当て嵌めるのならば、終戦は1974年に、昭和は2018年に遠くなったことになる。また、近藤紘一の早すぎる死は、2015年に、ということになる。
歴史
世界史の教科書(山川出版)に、ヴェトナム戦争の事は次のように書かれている。「・・・戦争は全インドシナに拡大されたが、他方パリ交渉も続けられ、73年、アメリカと北ヴェトナム・解放民族戦線とのあいだにヴェトナム和平協定が成立した。協定によってアメリカ軍の撤退が進むなかで、戦争は75年に最終段階にはいり、カンボジア・南ヴェトナム、さらにラオスでも解放勢力が勝利をおさめ、76年には南北統一したヴェトナム社会主義共和国が成立した」右ページにはサイゴン「解放」のキャプションのついた写真が掲載されている。
記録する者
遠くなった歴史は抽象化され、1ページで語られてしまう。そこにどれだけの犠牲者があり、どれほどの人生があり、ということは歴史の表舞台には出てこない。ただ、そうした人たちを見つめた目撃者が、確かにいた、ということを我々は忘れてはならぬ、と思う。
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